カイウィを渡る

by ベン・ウィルキンソン

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8時間前、僕らはパドルのないカヌーチームだった。交通手段をぎりぎりで乗り換えて「モロカイ・ホエ」のスタート地点にたどり着いたとき、我がチーム〈Bad News Bears〉はまさにアウトリガーレース界の『がんばれ!ベアーズ』のごとく、最も重要なギアを別のトラックに忘れてきたのだった。

【 1952年以来毎年開催されている「モロカイ・ホエ」アウトリガーレースには、体力と技術と持久力が要求される。カイウィ海峡の大海原をオアフ島へと横断することは、風と海流とスウェルと疲労との長い苦闘を意味する。写真:Tim Davis 】

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『The Aloha Shirt: Spirit of the Islands(アロハシャツ:島々の魂)』

by デール・ホープ

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『The Aloha Shirt: Spirit of the Islands』は 最も色鮮やかで完全な本書は、これまでに創られたなかでも最も永続的なハワイアンシャツの記念本。以下は第2章「Tailor Shops to Factory Pioneers:アロハシャツ創成期」からの抜粋です。

 

1920年代、ワイキキビーチのホテルでは宿泊客のほとんどが、日中に着用することが好ましいとされる“白い服”を着ていました。当時、男性の服は帆布か麻でできた白いスーツが、女性は白いドレスが流行していました。大きなホテルでは、観光客はわずか15セントでスーツをクリーニングに出すことができました。

1930年代初頭、中国から輸入されたポンジー(繭紬)の衣服が、これまでの白い服に取って代わるようになりました。ホノルルの仕立屋は、軽量で淡い色の絹の生糸を使った手織りのポンジーで、スーツやドレスを仕立てるようになりました。この無地のポンジーの服は実用的で人気があり、アメリカ本土でも着られるようになりました。

日本人や中国人の裁縫師、仕立屋、洋裁師、生地屋たちは、祖国の親戚から日本の柄染めの絹や綿の浴衣地、夏用の着物地といった上等な布地を輸入し、アジアの生地を使用してハワイの衣服を作るという伝統を形作っていきました。

【 冠雪した富士山がそびえたつ様子を背景に、食糧を積んで、伝統的な「北斎」波を越えていく船乗りのデザイン。手染めによるクリーンプリント。カベクレープ、ラベル無し。写真:Patagonia Books 】

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天然染料の試み

by ジョヤナ・ラフリン

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45年前、昔ながらの北米のアウトドアウェアいえば、基本的な色はカーキ、デニムブルー、オリーブグリーンでした。それらの色は単調というだけではなく、その染料は石油をベースにしていました。クラフト・ピンクという色を思い浮かべたとき、バシラリスの花ほど鮮明なクラフト・ピンクはないでしょうし、ベリーズの海岸沖の水ほど明るいガラー・グリーンもありません。あるいはハレアカラの夕焼けにインスピレーションを受けたスポーティ・オレンジも。すべてが変わったのは、パタゴニアが1970年代にラグビー・シャツを発表したときでした。それはビッグウォール登攀に適していただけではなく、イヴォン・シュイナードと仲間がツルツルの花崗岩に開拓したルートと同じように、大胆なストライプの色で染められていました。

今日、パタゴニアは「不必要な悪影響を最小限に抑える」というミッション・ステートメントに忠実に従いながら、自然のなかにある色を使うことを選ぶことで、未知の領域へと突入しています。これは自然のカラーパレットにインスピレーションを求めるというだけではなく、自然の染料を試すことも意味します。

【 インスピレーションは予期せぬ場所からやって来る。たとえば天然染料とスケッチングを交えたパシフィック・コースト・ハイウェイの自転車ツアーなどのように。カリフォルニア州。写真:Colin McCarthy 】

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ひだまり ~石木川がつなぐ未来への旅路~

by 東田トモヒロ(ミュージシャン)

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去年4月に起きた熊本地震は僕にとってこれまでで最も身近で、最も大きな災害だった。多くの家屋や建造物が倒壊し、地割れや土砂崩れなどもあちこちで発生していたので、震災当初は何もかも失われてしまったかのような悲しい気持ちで過ごしていたように記憶している。石木ダムのことに出会ったのはまさにその頃だった。

長崎の山村、豊かな自然の残る美しい場所が、ダムと資本主義という洪水に押し流されようとしている。さまざまな価値観が花開き、豊かさの本質を自然の中に見いだそうというこの新世紀にあって、なんて意味の無いことがなされようとしているのだろう。瓦礫にまみれ、多くの人々が住処や働く場所を失った熊本、僕らが日々向き合っているリアリティ。同じときに隣の長崎では、そこに暮らす人々の気持ちを無視したダムの建設計画が押し進められようとしている。2つのできごとは僕の中でひとつに結ばれ、その中にこそこれからの未来や社会のあり方についてとても大切なことがあるような気がしてならなかった。これは僕が通るべき、向き合うべき旅路なのだと。

[ 昨年10月に野外イベント『WTK – WITNESS TO KOHBARU IN AUTUMN 失われるかもしれない美しい場所で』が石木ダムの水没予定地で開催された。 写真:SUNCloud. ]

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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

by 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

[ 力を合わせ一つになり、3日間漕ぎつづける。 写真:金子ケニー ]

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アングラーに非ざる者の手記

by アンドリュー・バー

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パタゴニアに長年寄稿する写真家のアンドリュー・バーは、最近才能ある生来のアングラーたちのグループとモンゴルへ旅しました。アングラーでない彼はそこでフライフィッシングと、写真に対する自分の情熱についての興味深い視点を発見しました。ここでご紹介するのは、とらえたイメージが魚の数よりも多かったことに感謝する彼が書いた、その旅からの記述です。

デーヴ・マッコイが僕を旅に誘うとき、その答えはいつもイエスだ。手放しで、疑う余地などどこにもない。それゆえ、モンゴルへのフィッシングトリップに参加しながら、何を釣るのかまったく知らずに到着したという人物は、僕が最初なのだ。一緒に旅するグループと落ち合ったとき、その面々については僕も知っていた。デーヴ(ベテランのフライフィッシングガイド)と彼の家族、マーク・ジョンソン(もう1人の生来のアングラー)と彼の息子、そしてフライフィッシングガイドであり環境保護活動家でもあるエイプリル・ヴォキー。釣りに関する知識が僕にまったくないことは、このグループのしょっぱなの交流で一点の曇りもなく明らかとなり、僕は自分の愚かさを、飲み干したビールグラスとともに、その最初の晩に置き去りにしたくてたまらなかった。銃でも乱射したいような気分だった。

【 夢のような緑のなかの、緑色の夢。モンゴルの高地砂漠にあるこの谷は、川によって完璧に切り開かれている。写真:Andrew Burr 】

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まだ見ぬ水平線の彼方へ  

by 内野加奈子

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私が〈ホクレア〉という名のハワイの伝統航海カヌーの存在を知ったのは、海の魅力に惹かれ、週末ともなれば、伊豆や三宅島に通っていた学生時代のことだった。友達が手渡してくれた1冊の本に描かれた、星や月、波や風を読み、水平線の彼方の島を目指す伝統航海の世界。人はこんなにも深く自然を理解することができる。人と自然のかかわりに興味を持っていた私にとって、ホクレアは新しい扉を開く大きなきっかけになった。

ハワイ大学に進むことを決めた私は、2000年の6月9日、小さなスーツケースひとつでホノルルに降り立ち、その翌日、ホクレアの停泊する桟橋に向かった。初めて見る伝統航海カヌー、ホクレア。そのカヌーはひっそりと静かに美しく、海の上に浮かんでいた。桟橋にはクルーたちが忙しく行き交い、近くを通りがかった一人が、これからカウアイ島に向う準備をしてるんだ、と教えてくれた。カヌーの上には、伝統航海術師のナイノアの姿も。しばらくして、カヌーから下りてきたナイノアが足を止めてくれた。「伝統航海に興味があります」 どこから来たとも知れない外国人のその言葉を、ナイノアは真っすぐな眼差しで受けとめてくれた。今日まで続くホクレアとの関わりのはじまりの一日だった。

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チリの偉大な日:トンプキンス・コンサベーションが歴史的な国立公園誓約に署名

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3月、私たちはクリスとダグ・トンプキンスの信じがたい偉業を祝いました。それは100万エーカーの公園土地をチリ政府に寄付する誓約で、これは私有団体が国にした史上最大の土地の寄付です。チリの大統領ミシェル・バチェレはプマリン公園とパタゴニア公園を含む5つの新たな国立公園を設立し、さらに3つの公園を拡張するために、追加として政府所有の900万エーカーを誓約しました。

プマリン公園におけるこの小さな協定への署名儀式には、イヴォンとマリンダ・シュイナード、リックとジェニファ・リッジウェイ、ジミー・チンも参加しました。一行は故夫であり自然保護のパートナーであったダグが妻にちなんで名付けたセロ・クリスティンを登るためにパタゴニア公園を訪れていましたが、この署名儀式のために寸前でルート変更をしました。

【 チリに1,000万エーカー以上の新たな国立公園を作る誓約書に署名するチリ大統領ミシェル・バチェレとクリス・トンプキンス。写真提供:チリ政府 】

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海が変えた僕の人生について

by 眞木勇人(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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先日、キース・マロイ監督の映画『FISHPEOPLE(フィッシュピープル)』を観る機会に恵まれました。映画はパタゴニア・アンバサダーでもあるキミ・ワーナーやタヒチのビッグウェーブサーファーのマタヒ・ドローレなど、「海」によって人生が変わった6名の人物のリアルライフスタイルドキュメンタリー。今回この映画を見て思ったのは、海と関わる皆それぞれが「海」との特別なリレーションシップがあるということ。私も例外ではなく、海から多大なる影響や恩恵を受けている。今回は私自身と海との関係について少し書いてみようと思います。 

【 台風スウェルの沖縄にて。波は、海と大自然からのおくりもの。写真:Daichi Sato 】

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『新版 社員をサーフィンに行かせよう:パタゴニア経営のすべて』

by イヴォン・シュイナード

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初版の登場から10年を経て、パタゴニアの創業者兼オーナー、イヴォン・シュイナードが2006年に書いた回顧録の傑作の増補改訂版『新版 社員をサーフィンに行かせよう:パタゴニア経営のすべて』が出版されました。約半分に相当する内容を増補し、新たに活動家であり作家のナオミ・クライン氏による序文が追加されています。

新版でシュイナードは、世界的な景気後退と加速する環境危機によって、またパタゴニアにとって未曾有の成功によって特徴付けられた、素晴らしくも厳しい機会と挑戦をもたらした過去10年間に、彼のビジネスと環境への見解がどのように進化したかについて説明します。

下記にて新版からの序文をお読みいただけます。

【 上:表紙:リンコン・ポイントの冬のスウェル。写真:Steve Bissell、書籍写真:Tim Davis 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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