なぜ私たちは公有地について気遣うべきなのか

by ハンス・コール

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アメリカの公有地がどのように管理されるべきかについての討論は、1900年代初期にテディ・ルーズベルト大統領が既存のシステムを築いたときからつづいています。意見の相違の原因は、しばしばエネルギー/資源開発と野生の場所をレクリエーションと野生生物のために保護することのバランスです。パタゴニアは私たちが最も大切にしてきた野生地を保護するために何十年も戦っています。これらの地域は手付かずのままにしておけば最も高い価値をもたらす、卓越した特徴を抱く場所です。これまでの数え切れない戦いにおいて、私たちは連邦政府の公有地がすべてのアメリカ国民に属し、この国の遺産の核を成す一部であるという基本的な考えのもとに結束する草の根団体と地元の人びとを支援してきました。

【 バーミリオン・クリフ国定記念物は滑らかな砂岩と緩やかな台地の地形 。楽観的に再導入されたこの場所には、カリフォルニアコンドルが巣作り、アメリカ西部屈指の夕焼けを誇る。写真:Bob Wick/Bureau of Land Management 】

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祖先の跡をたどって:タヒチからハワイへの航海

by カイウラニ・マーフィー

Hokulea
体を電荷が脈打って流れ、頬の涙を拭った。上腕二頭筋と前腕のあいだに閃いた一筋の青い光が目を刺す。マストの索止めを放し、仲間の乗組員と戸惑いの視線を交わす。耳をつんざくような雷鳴が頭上にとどろく。数日前に登ったばかりの堂々たるタフアレヴァ山の頂上に次の稲妻が火を点ける。

ラグーンから出ると、灰色の煙は炎の上に漂う暗雲と見分けがつかなくなる。ホクレア号が停泊したタヒチのタウティラ村の姿が遠ざかる。霞んだ水平線を稲妻が照らし、前方に無数のスコールが待ち受けているのがわかる。横殴りの雨と激しく打ちつける波で何もかもびしょ濡れだ。艤装を突風から守るために帆の開閉を繰り返す。疲れた体は寒さに震え、素手と素足はふやけてしわだらけだ。

あと 30 夜だけ、と何度も自分に言い聞かせるが、それは徐々に疑問にも思えてくる。

【 アオテアロアからオーストラリアまでの 12 日間の航路のほとんどで遭遇した 悪天候と、7.5 メートルの波に耐える乗組員たち。ホクレア号のシドニー港到着により、 このカヌーがはじめて太平洋の外へ出たことが記録された。写真:John Bilderback 】

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やくしまに暮らして

by 大野睦 (屋久島公認ガイド

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1993年、大学生だった私は父と一緒に6月に屋久島を訪れた。世界自然遺産登録の半年前のことである。それが私と屋久島との出会いで、このとき私は大学を卒業したら屋久島に住みたいと思った。梅雨時期の屋久島に来たにも関わらず、一週間の滞在中に雨に降られることもなく、初夏の南国の海と緑深い森を楽しんで帰り、それから3年後、屋久島に移り住んだ。幼少期より自然が好き、動物が好きだった私が求めていた土地はこの屋久島だと強く確信したのである。その理由は日本であること。海があって山があって川があって、そこに暮らす人びとの社会がある、異国的な憧れや感動とはまた違い、凝縮された日本らしさを屋久島で感じた。その屋久島でガイドとして経験を積んでいくぞと意気込んでいた。

【 いたるところから水があふれてくる。全写真:大野睦 】

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『フィッシュピープル』の舞台裏

by ドニー・ヘデン

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映画制作……。ある人は絵コンテにしたがい、またある人は本能にしたがう。キース・マロイはどうだろうか。 彼は本能がすべてで、計画はゼロ。いや言い換えよう。彼には計画はある。ただ髭の裏に隠されたそれが何か理解しがたいだけだ。だが幸運にも彼には、計画を立て、カメラを操り、音声を録音し、スキューバダイビングし、消火作業が得意な友人(そして伝説的な妻)がいる。忘れがたい映画を作るには村ひとつ、そして本能に突き動かされる誰かが必要だ。最近iTunesで公開されたばかりのキースの最新作『フィッシュピープル』はまさにそんな映画だ。

【 タヒチで1日の制作を終えてボートに戻る『フィッシュピープル』の監督キース・マロイ。写真:Donnie Hedden 】

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カイウィを渡る

by ベン・ウィルキンソン

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8時間前、僕らはパドルのないカヌーチームだった。交通手段をぎりぎりで乗り換えて「モロカイ・ホエ」のスタート地点にたどり着いたとき、我がチーム〈Bad News Bears〉はまさにアウトリガーレース界の『がんばれ!ベアーズ』のごとく、最も重要なギアを別のトラックに忘れてきたのだった。

【 1952年以来毎年開催されている「モロカイ・ホエ」アウトリガーレースには、体力と技術と持久力が要求される。カイウィ海峡の大海原をオアフ島へと横断することは、風と海流とスウェルと疲労との長い苦闘を意味する。写真:Tim Davis 】

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『The Aloha Shirt: Spirit of the Islands(アロハシャツ:島々の魂)』

by デール・ホープ

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『The Aloha Shirt: Spirit of the Islands』は 最も色鮮やかで完全な本書は、これまでに創られたなかでも最も永続的なハワイアンシャツの記念本。以下は第2章「Tailor Shops to Factory Pioneers:アロハシャツ創成期」からの抜粋です。

 

1920年代、ワイキキビーチのホテルでは宿泊客のほとんどが、日中に着用することが好ましいとされる“白い服”を着ていました。当時、男性の服は帆布か麻でできた白いスーツが、女性は白いドレスが流行していました。大きなホテルでは、観光客はわずか15セントでスーツをクリーニングに出すことができました。

1930年代初頭、中国から輸入されたポンジー(繭紬)の衣服が、これまでの白い服に取って代わるようになりました。ホノルルの仕立屋は、軽量で淡い色の絹の生糸を使った手織りのポンジーで、スーツやドレスを仕立てるようになりました。この無地のポンジーの服は実用的で人気があり、アメリカ本土でも着られるようになりました。

日本人や中国人の裁縫師、仕立屋、洋裁師、生地屋たちは、祖国の親戚から日本の柄染めの絹や綿の浴衣地、夏用の着物地といった上等な布地を輸入し、アジアの生地を使用してハワイの衣服を作るという伝統を形作っていきました。

【 冠雪した富士山がそびえたつ様子を背景に、食糧を積んで、伝統的な「北斎」波を越えていく船乗りのデザイン。手染めによるクリーンプリント。カベクレープ、ラベル無し。写真:Patagonia Books 】

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天然染料の試み

by ジョヤナ・ラフリン

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45年前、昔ながらの北米のアウトドアウェアいえば、基本的な色はカーキ、デニムブルー、オリーブグリーンでした。それらの色は単調というだけではなく、その染料は石油をベースにしていました。クラフト・ピンクという色を思い浮かべたとき、バシラリスの花ほど鮮明なクラフト・ピンクはないでしょうし、ベリーズの海岸沖の水ほど明るいガラー・グリーンもありません。あるいはハレアカラの夕焼けにインスピレーションを受けたスポーティ・オレンジも。すべてが変わったのは、パタゴニアが1970年代にラグビー・シャツを発表したときでした。それはビッグウォール登攀に適していただけではなく、イヴォン・シュイナードと仲間がツルツルの花崗岩に開拓したルートと同じように、大胆なストライプの色で染められていました。

今日、パタゴニアは「不必要な悪影響を最小限に抑える」というミッション・ステートメントに忠実に従いながら、自然のなかにある色を使うことを選ぶことで、未知の領域へと突入しています。これは自然のカラーパレットにインスピレーションを求めるというだけではなく、自然の染料を試すことも意味します。

【 インスピレーションは予期せぬ場所からやって来る。たとえば天然染料とスケッチングを交えたパシフィック・コースト・ハイウェイの自転車ツアーなどのように。カリフォルニア州。写真:Colin McCarthy 】

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ひだまり ~石木川がつなぐ未来への旅路~

by 東田トモヒロ(ミュージシャン)

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去年4月に起きた熊本地震は僕にとってこれまでで最も身近で、最も大きな災害だった。多くの家屋や建造物が倒壊し、地割れや土砂崩れなどもあちこちで発生していたので、震災当初は何もかも失われてしまったかのような悲しい気持ちで過ごしていたように記憶している。石木ダムのことに出会ったのはまさにその頃だった。

長崎の山村、豊かな自然の残る美しい場所が、ダムと資本主義という洪水に押し流されようとしている。さまざまな価値観が花開き、豊かさの本質を自然の中に見いだそうというこの新世紀にあって、なんて意味の無いことがなされようとしているのだろう。瓦礫にまみれ、多くの人々が住処や働く場所を失った熊本、僕らが日々向き合っているリアリティ。同じときに隣の長崎では、そこに暮らす人々の気持ちを無視したダムの建設計画が押し進められようとしている。2つのできごとは僕の中でひとつに結ばれ、その中にこそこれからの未来や社会のあり方についてとても大切なことがあるような気がしてならなかった。これは僕が通るべき、向き合うべき旅路なのだと。

[ 昨年10月に野外イベント『WTK – WITNESS TO KOHBARU IN AUTUMN 失われるかもしれない美しい場所で』が石木ダムの水没予定地で開催された。 写真:SUNCloud. ]

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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

by 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

[ 力を合わせ一つになり、3日間漕ぎつづける。 写真:金子ケニー ]

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アングラーに非ざる者の手記

by アンドリュー・バー

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パタゴニアに長年寄稿する写真家のアンドリュー・バーは、最近才能ある生来のアングラーたちのグループとモンゴルへ旅しました。アングラーでない彼はそこでフライフィッシングと、写真に対する自分の情熱についての興味深い視点を発見しました。ここでご紹介するのは、とらえたイメージが魚の数よりも多かったことに感謝する彼が書いた、その旅からの記述です。

デーヴ・マッコイが僕を旅に誘うとき、その答えはいつもイエスだ。手放しで、疑う余地などどこにもない。それゆえ、モンゴルへのフィッシングトリップに参加しながら、何を釣るのかまったく知らずに到着したという人物は、僕が最初なのだ。一緒に旅するグループと落ち合ったとき、その面々については僕も知っていた。デーヴ(ベテランのフライフィッシングガイド)と彼の家族、マーク・ジョンソン(もう1人の生来のアングラー)と彼の息子、そしてフライフィッシングガイドであり環境保護活動家でもあるエイプリル・ヴォキー。釣りに関する知識が僕にまったくないことは、このグループのしょっぱなの交流で一点の曇りもなく明らかとなり、僕は自分の愚かさを、飲み干したビールグラスとともに、その最初の晩に置き去りにしたくてたまらなかった。銃でも乱射したいような気分だった。

【 夢のような緑のなかの、緑色の夢。モンゴルの高地砂漠にあるこの谷は、川によって完璧に切り開かれている。写真:Andrew Burr 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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